佐野元春 and The Coyote Band
TOUR 2022 "WHERE ARE YOU NOW"
2018年のManiju Tour以来になる全国ホール・ツアー。新型コロナウイルスの感染拡大の予防対策が取られて、電子チケットの推奨、会場内での検温、消毒、マスク着用、歓声を上げない等の処置の遵守のもとで、4月9日の埼玉から7月2日の東京まで3ヶ月間全12公演が行われた。

まだ4月9日の段階では新型コロナウイルスの3回目ワクチン接種もそれほど進んでなかったと思うが、5月末の大阪公演の時点ではワクチン接種も人口の50％に達し、新規の感染者も減少傾向にあった。それでもコロナ禍で行われたライヴ同様にマスク着用、歓声、声出しの禁止は徹底されており、不自由な環境であることは変わりなかった。

ライヴは「彼女はデリケート」で幕が開いた。アルバム『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』が40周年を迎えたこともあって、3月21日には40周年記念盤が発売になった。佐野元春はこの作品が大滝詠一のプロデュースであることを紹介し、アルバムの中から大滝詠一が強く収録を求めた「マンハッタンブリッヂにたたずんで」を歌った。

5月になってちょうど大阪公演の少し前には2013年に行われた『名盤ライブ「SOMEDAY」』がBlu-Rayで発売になった。名盤ライブは「再現ライヴ」を売り物にした懐古的な内容のライヴで、オリジナルを忠実に再現することでアルバムの再評価をする、ソニーミュージック独自の企画だ。「I'm In Blue」では大井"SPAM"洋輔がカスタネットを演奏する場面があって素晴らしかった。今回残念なことにスパムはツアーに不参加でパーカッションの演奏シーンが観られなかった。

この前半の元春クラシックスの中で一際輝きを放っていたのが「Vanity Factory」だと個人的に思っている。コロナ禍の閉塞した状況に異を唱える響きがあって時空を超えて強く訴えかけてきた。この不自由な時代に聴くことができてよかった。心の中で一緒に歌ったが本当に一緒になってVanity! Vanity! と歌いたかった。深沼元昭と藤田顕の双方ギターがそんな思いを代弁するかのようで素晴らしかった。

アルバム『SOMEDAY』は僕が初めて買った佐野元春のレコードだ。ステージの背景にアルバムのフロント・カバーが掲げられて、ライヴでオリジナルのアレンジを忠実に再現した演奏を聴いていると、懐かしくて十代の頃に戻っていくような不思議な感じがした。そのせいかもしれない。「Heart Beat」がはじまったとき、巧みなストーリーテリングと歌に寄り添うような演奏に切なくなってしまった。この曲はヤァ! 40年目の城ホールでも歌われたが、ここまで心が揺さぶられることはなかった。あるいはフェスティバルホールだからこそ、過去のライヴの体験が蘇ってきて、心の琴線に触れたのかもしれなかった。

4月に新しいアルバム『ENTERTAINMENT!』が配信のみでリリースされた。2019年の「愛が分母」から2021年の「街空ハ高ク晴レテ」までの既発曲5曲が収められている。ほとんどがコロナ禍に書かれた曲で、今回はアルバムの後半に収められた新曲の中から「東京に雨が降っている」と「悲しい話」が演奏された。このアルバムで僕が聴きたかったのは「いばらの道」だったが、結局歌われることはなかった。

中盤は『ZOOEY』、『Blood Moon』、『Maniju』からコヨーテバンドのレパートリーが披露され、「禅BEAT」ではウクライナの国旗が掲げられた。"人と人が殺しあう世界なんて"最初のラインが胸を打つ。パンデミック、ウクライナの紛争、円安、ひたひたと迫る文明の黄昏。元いた世界に戻るには何かお呪いが必要だと思った。音楽の力を借りてそれをすべきなんだと思った。「ポーラスタア」で僕がやったのはただのアクションにすぎない。いつもはやらないようなことを身振り手振りでやってみた。それはただのお呪いだった。

稼働式のパネルとライティングのステージ演出は見事だった。「銀の月」ではレーザービームが会場を刺した。間奏で渡辺シュンスケのソロ演奏が挿入される。異次元の世界に迷い込むような一瞬、小松シゲルのドラム・ソロで元に戻っていく。コヨーテバンドの圧巻のパフォーマンス。会場を満たした盛大な喝采は、この数年のパンデミックによる鬱積を爆発させたかのようだった。


■佐野元春 and The Coyote Band
TOUR 2022 "WHERE ARE YOU NOW"
2022年5月29日(日) フェスティバルホール
1階 8列 10番

佐野元春(Vocals, Guitar)
深沼元昭(Guitar)
藤田顕(Guitar)
小松シゲル(Drums)
高桑圭(Bass)
渡辺シュンスケ(Keyboards)

Set List
Opening : Where Are You Now(My Love) / Jackie Trent
01 彼女はデリケート
02 Happy Man
03 マンハッタンブリッヂにたたずんで
04 I'm In Blue
05 Vanity Factory
06 Heart Beat 小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド
07 東京に雨が降っている
08 悲しい話
09 禅 BEAT
10 ポーラスタア
11 世界は慈悲を待っている
12 境界線
13 愛が分母
14 銀の月
15 純恋(すみれ)
16 エンタテイメント !
17 La Vita e Bella
18 優しい闇
19 約束の橋
Encore
20 悲しきRadio
21 SOMEDAY
22 Young Forever
23 Individualists
24 NEW AGE
神戸で佐野元春のライヴを観るのはハーバー・スタジオ以来だから2年半ぶり。神戸国際会館だと2013年まで遡る。開演の直前にザ・バンドの「The Weight」がホールにながれた。この難解な歌詞を持つ歌がかかる意味は何だろうと思った。「場所」にかかっているとしたら「今、何処」というテーマに沿ったものかなと考えていた。

ジャッキー・トレントの「Where Are You Now(My Love)」がながれる中でメンバーが現れ、ステージの上空にレーザー光線で Where Are You Now と描かれライヴははじまった。大阪でライトグレーのジャケットに黒のシャツ姿だった佐野元春は、神戸ではライダーズ・ジャケットに中は白のTシャツという出で立ちに変わっていた。そんな衣装の変化に合わせたかのようなロックンロール・ショーが神戸では繰り広げられた。

セットリストに一部変更があって「境界線」のところは「食事とベッド」になっていた。「あとどれくらいがんばったら神様に逢えるんだろう」という佐野元春の意味深な曲紹介があって複雑な気持ちになってしまったが。

阪神淡路大震災以降、神戸で行われる公演ではいつも震災について触れられる。この日も1999年にリニューアル・オープンした神戸国際会館でのライヴに言及して、「あのとき神戸のみなさんと交わした気持ち、今でも忘れていません。次の曲、心を込めて歌います。人生は美しい、そんな歌です」と話して「La Vita e Bella」を歌った。「La Vita e Bella」は東日本大震災の後に書かれた歌だが、あの大震災、津波からもう11年になる。

続いて演奏されたのは「優しい闇」。参院選が公示され日曜日の三宮では三宮センター街と大丸神戸店の前で街頭演説が行われていた。「優しい闇」は僕に現在の社会や行政の矛盾を気付かせてくれた。いつもというわけではないけれど、この曲は僕にいろいろな気付きを与えてくれる。

本編の最後に演奏されたのは「約束の橋」。大阪で聴いたときは40周年の大阪城ホールと同じ構成だと思った。ただ神戸ではこの曲が強く響いた。コロナ禍以前のようにシング・ア・ロングできないこともあって、よりパーソナルに届くんじゃないかと思った。

アンコールの一曲目は「星の下 路の上」。コヨーテバンドのデビュー曲で、佐野元春と深沼元昭は一本のマイクを挟んで一緒に歌った。ふたりの絆が鮮明になった瞬間だった。ラストの曲「NEW AGE」を歌う前に佐野元春は「パンデミックが明けた新しい時代のためにこの曲を歌いたい」と話した。ここで一区切りにしたいという意味があったのかもしれない。まもなく新しいアルバム『今、何処』がリリースされる。この3年に渡るコロナ禍での不自由な生活から先に進もうという思いが込められてるように思った。


■佐野元春 and The Coyote Band
TOUR 2022 "WHERE ARE YOU NOW"
2022年6月26日(日) 神戸国際会館こくさいホール
1階 10列 32番

佐野元春(Vocals, Guitar)
深沼元昭(Guitar)
藤田顕(Guitar)
小松シゲル(Drums)
高桑圭(Bass)
渡辺シュンスケ(Keyboards)

Set List
Opening : Where Are You Now(My Love) / Jackie Trent
01 彼女はデリケート
02 Happy Man
03 マンハッタンブリッヂにたたずんで
04 I'm In Blue
05 Vanity Factory
06 Heart Beat 小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド
07 東京に雨が降っている
08 悲しい話
09 禅 BEAT
10 ポーラスタア
11 世界は慈悲を待っている
12 食事とベッド
13 愛が分母
14 銀の月
15 純恋(すみれ)
16 エンタテイメント !
17 La Vita e Bella
18 優しい闇
19 約束の橋
Encore
20 星の下 路の上
21 悲しきRadio
22 SOMEDAY
23 Young Forever
24 Individualists
25 NEW AGE


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