John Lennon


　John Lennon-20世紀に書かれた批評文の中で最も多く取り上げられたであろう人名。あるいはロバート・ゼメキス監督の「フォレスト・ガンプ／一期一会」に登場する唯一のイギリス人。

　1980年12月8日。この日付だけで、その日に何が起こったかを理解する人達がいる。別の誰かにとっては何も特別の日ではない。1980年12月8日はジョン・レノンが死んだ日だ。ニューヨークのダコタ・アパートの前でジョン・レノンはマーク・チャップマンという男に射殺された。

　I've had this plan（こんな計画を持っていた）
　For many years（何年も）
　But now I can't remember（でも今じゃ思い出せない）
　I wanted to assassin you（あなたを暗殺したかった）
　December（12月）

Teenage Fanclub / December

　中学３年だった私は新聞の夕刊で、ジョン・レノンの死と接した。死亡記事の取り上げ方が、あまりにも大きかったので驚いた。その記事を読み始めた私の背後からは、ジョン・レノンの姿（写真）を燃やしつくすかのように西日が射し込んでいた。

　LSDをやって他人の顔が恐く見えるのは、その人自身が何かを激しく恐れているように見えるからだと思う。"恥"の兆候が、顔全体を被うのである。今、目の前に、ジョン・レノンの写真が二枚ある。一枚は、「ヤアヤアヤア」のジャケット写真で、もう一枚は、殺された記事の中の顔写真だ。一方は、顔に恥の兆候がまるでなく、もう一方は、恥にまみれている。
村上龍「ジョン・レノンのこと」（「中央公論」1981年2月号）より

　1990年代にはビートルズ関連の映画が2本制作された。スチュワート・サトクリフ（ジョン・レノンのリバプール美術学校時代のクラスメイト。1962年4月14日死去）を軸にビートルズ結成前夜を描いた「バック・ビート」と、1963年4月にブライアン・エプスタイン（ビートルズのマネージャー）とジョン・レノンのふたりだけによるスペイン旅行を大胆に脚色した「僕たちの時間」。若くて傲慢でありながら繊細な側面を持つジョン・レノンがそこにはいた。そのジョン・レノン像は現在の私たちが持つジョン・レノン像とは明らかに違っていた。普段の私たちとあまり違わない、極ありきたりな青年としてジョン・レノンは描かれていた。

　ビートルズ在籍中の1969年9月13日、カナダのトロントで開かれた「Rock'n'Roll Revival Festival」で、ジョン・レノンの率いるプラスティック・オノ・バンドはステージ・デビューする。開演前のジョン・レノンは極度の緊張のため、ずっと吐いていたという。何しろビートルズがライヴ活動を停止してから3年振りのステージのうえ、ライヴ出演を決めたのは前日になってからだというので、ある意味それも無理のないことのように思える。

　1972年8月30日の「One to One Concert」では、あまりの喉の状態の悪さに驚かされる。ジョン・レノンは自嘲気味に「リハーサルへようこそ」と言ったりしている。「次はもっとうまくできると思う」，「みんな一生懸命やってるんだけど...」-そこにいるジョン・レノンはあまりにも無惨だった。悲しいくらいに。結局ジョン・レノンが行った単独でのライヴは、この時が最初で最後となった。

　1973年10月、オノ・ヨーコと別居。ジョン・レノンはロサンゼルスへと移り、フィル・スペクターとともにアルバム「Rock'n'Roll」の制作に取りかかる。しかしヨーコとの別居で荒れていたジョンと、ロニー・スペクターとの離婚問題で神経衰弱だったスペクターは、事あるごとにぶつかり合い、レコーディングは順調には進まなかった。嘘か本当かわからないが、あまりのジョンの傍若無人な振る舞いにキレたスペクターが、スタジオのトイレで発砲事件を起こしたとも噂されている。スペクターはこの後、交通事故などの心的要因も加わり、アルバム「Rock'n'Roll」のマスター・テープとともに行方不明となる不始末を起こす。

　1974年3月、ロサンゼルスでハリー・ニルソンのアルバム「Pussy Cats」の制作に入る。ジョン・レノンはプロデュースとアレンジを担当する。6月には自分のアルバム「Walls and Bridges」をレコーディング。この後、リンゴ・スターやエルトン・ジョンのレコーディングにも参加している。ジョン・レノンのロサンゼルス生活は「失われた週末」という風に形容される。ショービジネスの果てしないパーティめぐり、ハリー・ニルソンや取り巻きたちとの狂乱。常軌を逸したような行動が目立った。そんな中で制作されたアルバム「Walls and Bridges」について、ジョン・レノンはこんなふうに語っている。

　音楽に対する精神状態は混乱していました。精神が混乱しているありさまは「Walls and Bridges」によく表れています。半病人の職人が作った作品みたいなのです。ひらめきというものがまるで感じられなくて、それでアルバム全体に惨めな雰囲気が漂っています.....私は解き放たれていませんでした。私のある部分は修道僧であり、ある部分はサーカスで演技するノミでした。結局私は「ビルボード」誌を予約購読することを辞めても、人生は終わりでないことを発見しました。
ジョン・レノン

　1974年10月、フィル・スペクターのところから、アルバム「Rock'n'Roll」のマスター・テープを取り戻し、ニューヨークで再レコーディングを開始する。11月26日、マジソン・スクエア・ガーデンで行われたエルトン・ジョンのライヴに、ジョン・レノンはゲスト出演。終演後、ジョン・レノンの楽屋に現れたオノ・ヨーコと再会する。この後ジョンとヨーコは別居を解消する。

　1975年2月、フィル・スペクターが持ち去ったアルバム「Rock'n'Roll」のマスター・テープをもとに、アルバム「Roots」が制作され通信販売でリリースされる。海賊盤的なアルバム「Roots」はすぐに回収処分となる。1998年にリリースされたボックス・セット「Lennon Anthology」によって、私たちはアルバム「Roots」をある程度再現できるようになった。ジョン・レノンがプロデュースしたアルバム「Rock'n'Roll」と比べると、アルバム「Roots」は非常にラウドで荒々しい魅力に溢れている。逆を言えばジョン・レノン・プロデュースのアルバム「Rock'n'Roll」は洗練されたサウンドのように聞こえてしまう。

　1975年10月9日、ジョン・レノン35歳の誕生日に、ジョンとヨーコの長男ショーンが生まれた。ショーンの誕生をきっかけにジョン・レノンは主夫生活を送るようになる。その翌年（1976年）はアメリカ合衆国建国200年にあたる年で、ジョン・レノンは合衆国の居住を可能とするグリーン・カードを申請した。以前出した申請は、ジョンが昔イギリスでマリファナ不法所持の有罪判決を受けたため却下されていた。

　私はこの国（合衆国）に愛情を持っています。家に帰ったら、ティー・バックで紅茶を入れて、お互い（ジョンとヨーコ）に見つめ合うと思います。
ジョン・レノン　グリーン・カードを交付された法廷を出ての談話より

　1976年、イーグルスはアルバム「Hotel California」で、アメリカン・ドリームの象徴とされるカリフォルニアのたそがれを歌い、ザ・バンドは｢The Last Waltz｣というコンサートを開催し、ザ・バンドとしての活動に幕を閉じた。ジョン・レノンは音楽活動を停止していた。


Harry Nilsson ｢Pussy Cats｣ 7 44659 9615-2
01 Many Rivers to Cross
02 Subterranean Homesick Blues
03 Don't Forget Me
04 All My Life
05 Old Forgotten Soldier
06 Save the Last Dance for Me
07 Mucho Mungo / Mt. Elga
08 Loop de Loop
09 Black Sails
10 Rock Around the Clock
11 Down By The Sea*
12 The Flying Saucer Song*
13 Turn Out The Light*
14 Save the Last Dance for Me*
* Previously Unreleased

　1963年4月のブライアン・エプスタインとジョン・レノンのふたりだけによるスペイン旅行を大胆に脚色した映画「僕たちの時間」。映画のラストで、エプスタインはジョンに10年後（1973年）の約束をとりつける。

　約束してくれ、今から10年後、お互いどこで誰と付き合っていようと、このランプラスで落ち会おう。1973年4月30日。忘れないでくれ。たぶん人が月へ行ってるよ
ブライアン・エプスタイン　映画「僕たちの時間」より

　でも、そのささやかな約束は果たされることはなく終わった。エプスタインは1967年8月27日、ドラッグのオーバー・ドーズ（過剰摂取）によって命を失った。ビートルズがライヴ活動を停止し、マネージャーとしての職務を奪われたエプスタインにとって、それはある意味で自殺に近い死でもあった。

　映画「僕たちの時間」は、「1963年4月のブライアン・エプスタインとジョン・レノンのふたりだけによるスペイン旅行」という事実を除いて、後の部分は全てフィクションである。しかし私はそのフィクションの部分が、本当に本当に大事なものに思えてくる。リバプールのビルディングの屋上、エプスタインとジョンが見つめる曇り空。遙か彼方にあるような死。フィクションだとわかっていても、そんな幾つかのシーンは、いつまでも私の中で生き続けている。

　この次私たちのことを考えるときには、私たちの沈黙が愛の沈黙であり、無関心の沈黙でないことを思い出して下さい。私たちは紙の上にではなく空に文字を書いていることを思い出して下さい-それが私たちの歌なのです。視線をあげて空を見て下さい。私たちのメッセージがありますから。もう一度視線をあげて、まわりを見まわして下さい。自分が空を歩いていることがわかるでしょう。そしてその空は地面にまでのびていることが。私たちはみんな空の一部なのです。地面の一部であるよりも、さらに空の一部なのです。覚えておいて下さい、私たちがあなたがたを愛していることを。
ジョン・レノン&ヨーコ・オノ　「私たちになにを、いつ、なぜと尋ねる人びとへ、ジョンとヨーコからのラヴ・レター」（1979年5月27日版「ニューヨーク・タイムズ」サンデイ・ペーパー）より

　実現しなかった夢、ジョン・レノンのライヴを見ること。ポール・マッカートニーやジョージ・ハリスン，リンゴ・スター，あるいはローリング・ストーンズ。どのライヴも結局見に行かなかった。別に変なこだわりがあったわけではない。なんとなくやり過ごしただけだ。次の機会があれば見に行くのかもしれない。しかしジョン・レノンのライヴだけは永遠に見ることは出来ない。今でも時々私は「もしも生まれ変わって、ジョン・レノンになれるのなら、なってみたいか？」という命題を抱えることがある。あのようなエキセントリックな人生は御免だと思う。一方で、私は正直ではないなとも思う。ジョン・レノンという今や実体のない存在について向き合う日々は終わることがない。

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